English

VillaTokyo

 

月曜日が日曜日の場所で

11-18 November 2011

 


 
 

ニュートーキョーコンテンポラリーズ

塙 将良

岩崎貴宏

田中功起

小瀬村真美

南川史門

Chim↑Pom

田尾創樹


 


 
ゼンシ

Masayoshi Hanawa, Installation view : « Haanwander-Liberation » Zenshi, 2011.
Courtesy Zenshi, Tokyo

ゼンシ

塙 将良

塙将良が描く様々な色彩や形、大きさのモンスターは、サイケデリックと形容され ることが多い。緻密に描かれたそのドローイングや色鮮やかなペインティングは、 国外にも数多くのファンを獲得している。西洋のフォークアートとアウトサイダーア ートの手法、そして長きにわたる日本の妖怪漫画へのオブセッションを重ね合わ せた塙の作品を通して鑑賞者が対峙するのは、ポップな怪物的表象である。そ の奇妙にも軽快な表現は、煙をまとったかのような張りつめた線とアシッド感に満 ちたネオンカラーによって構成されるが、それが示唆するのは、いわゆるバケモノ 達の本質は恐怖にあるのではなく、むしろそれが鑑賞者自身の心理状態と投影 によって彩られた、日常のある断面だということなのである。



 


 
アラタニウラノ

Takahiro Iwasaki, Installation view , « Phenotypic Remodeling » Arataniurano, 2010.
Courtesy Arataniurano, Tokyo

アラタニウラノ

岩崎貴宏

岩崎貴宏は、普段見慣れている身の回りの品から、ふと見過ごしてしまいそうな ほど華奢な彫刻を開花させる。一見、ゴミの散らかる部屋に見えるインスタレーシ ョン作品は、近づいて見てみると、現代の風景を模した極小の模型であることが わかる。岩崎が選ぶ素材および主題が想起させるのは、いたるところで目にする 看板の類いや、日常において無意識に素通りしてしまうものばかり。マクドナルド のストローの包み紙は、細やかな手つきでミニチュアの看板に変容する。本のし おりを細かく編んで作ったクレーン重機を本棚の文庫本から登場させたり、東京 のあちこちで見かけるゴミ集積用の青いナイロンネットを山のように盛り上げ、その ほどけた部分からミニチュアの鉄塔が立錐する作品などもある。岩崎が制作する ミニチュアに潜む脆弱性と繊細さは斬新でありながら、より親密に時間をかけて 作品を鑑賞する方法を提示しており、そのことによって、私たちを取り巻く物体の はかなさに気づかせてくれるのだ。



 


 
青山|目黒

Koki Tanaka, A haircut by 9 hairdressers at once (second attempt), 2010
Courtesy Aoyama Meguro, Tokyo

青山|目黒

田中功起

ドローイング、写真、ビデオなど様々なメディアを駆使する田中功起は、身近にあ る素材を使って、日常を批判的に、そしてユーモラスに探究する。たとえ打ち捨て られ、忘れられたものであっても、日々身近にあるものを通して田中が示唆するの は、私たちが普段当たり前だと思っていることやその価値自身なのだ。たとえば 2011年発表のビデオ作品『Someone’s junk is someone else’s treasure』で 彼は、ロサンゼルスのフリー・マーケットで、通りのどこにでも落ちている椰子の葉 を売ろうとする。タイトルの示す通り、田中は、「不要なもの」を売るという不条理な 行動を通じ、価値というものがいかに恣意的に決定されるかを、明らかにする。た やすく手に入るものを利益のために売るというこうした行為からは、美術の押し 売りや、「15セントから1ドルを作る」といった慣習を想起させる。限られた資源をも とに「手身近なもので済ませる」こともまた、田中の作品におけるもうひとつのテー マである。 『A painting to public』 (2011)のシリーズにおいて田中は、ロサンゼルスとサ ンフランシスコの公共バスを展示空間に変容させた。自転車に絵を取り付け、乗 客たちで賑わうバスの前方にある、自転車専用スペースにそれを設置したので ある。公共交通機関を、自分の作品展示場として使用すること。控えめな手段 で行われたそれは、従来の展示スペースがもつ排他性、さらに芸術と公共の関係と いった複雑な問題への注意を喚起するに充分だった。



 


 
ユカ ササハラギャラリー

Mami Kosemura, Decaying, 2001.Courtesy Yuka Sasahara Gallery, Tokyo

ユカ ササハラギャラリー

小瀬村真美

元々、画家であった小瀬村真美が制作するビデオ作品やインスタレーションのテー マは、ヨーロッパの名画と日本の伝統絵画の批評的再考である。彼女が再現する シーン、本人が呼ぶところの「理想的なランドスケープ」には、カラヴァッジオやス ルバランの静物画がモチーフとして用いられていて、それらのイメージをデジタル カメラでコマ撮りし、編集作業を通じて一本のビデオ作品として仕上げてゆく。多 くの場合、小瀬村は自身の作品となったフッテージ(動画)をオリジナルの名画と 同じ方法で展示する。つまり額装された絵画だったり、屏風絵として展示するの だ。元来は静止画であったものを動画にすることで、理想のイメージをつくり上げ るために取捨されたものへの注意が促される。隠されていたものが、巧みに、白 日のもとにさらけ出されるというわけだ。そこに隠されていたものとは、その絵画や 映像に権威を付与し、「理想」として受け入れられるよう埋め込まれた表象のコ ードなのである。



 


 
ミサコ & ローゼン

Shimon Minamikawa, Wild haïr, Erika, Green Yellow, 2010
Courtesy Misako & Rosen, Tokyo

ミサコ & ローゼン

南川史門

南川史門のペインティングにおける主題は、風景、人物、アブストラクションなど、 今日における絵画の役割そのものにほかならない。南川は、デザインやイラストレーシ ョンに固有の言語を、絵画の持つ歴史的な重みと対置し、それをいかにも軽や かに成し遂げたことで、感情超越と軽さの効果を生み出している。乾いていない 絵の具を薄く塗り重ねた繊細で華奢なキャンバスは、意味の表出を拒む。筆から 垂れて流れる絵の具は、まるで南川のイメージから実質的な意味さえも流れ出し てしまっているようである。南川のペインティングは、視覚的記号として、絵画のマ スメディアやデジタルメディアへの敗北をめぐる探求であると同時に、現代の視 覚環境がいかに平板で、イメージの均質化を促しているかを浮き彫りにする。



 


 
無人島プロダクション

Chim Pom, Black of death (abobe 109, Shibuya, Tokyo), 2007
Courtesy Mujin-to Production

無人島プロダクション

Chim↑Pom

Chim↑Pomは、2005年8月に結成され、東京を拠点に活躍するエリイ、卯城竜 太、林靖高、水野俊紀、岡田将孝、稲岡求の6人のメンバーによるアーティスト集 団である。常に物議を醸す作風で知られるChim↑Pomは、渋谷駅構内に展示 されている原爆と水爆事故を描いた岡本太郎作の国民的壁画『明日の神話』 (1968-69)にメルトダウンした福島の原子力発電所を描いたパネルを追加し たことで、最近メディアの注目を浴びた。 また、『Black of Death』(2007-2008)では、カラスの剥製を持ち、録音 Chim↑Pomはポリティカルでありながらもブラックユーモアに満ち、絶えず世の 中に問題を投げかける才能を発揮する。日常をマトモに過ごすために排除される 「リアル」を、そうした問題提起を通して日々の生活のなかに再挿入するのだ。



 


 
タケ ニナガワ

Soju Tao, Cat, 2011. Courtesy the artist and Take Ninagawa, Tokyo

タケ ニナガワ

田尾創樹

ロンドンで教育を受け、東京を拠点として活動する田尾創樹は、ドローイング、ペ インティング、音楽など多岐にわたるメディアを用いて作品を制作している。 田尾 の作品は、日本の音楽、ビジュアル文化を描き出し、日本の漫画やイラストレーショ ンに見られる表現が彼の作品を形式的に特徴づけている。彼の作品に繰り返し 登場するキャラクターは、日本文化の特徴でもある、深刻な問題から目をそらす ために企業や公的機関によって展開される「カワイイ」キャラクターを思い起こさ せる。また、彼は、多様な芸術家が在籍する想像上のプロダクション「オカメプロ」 を展開するが、すべての作品は田尾によって制作される。複数の「自分」を使い 分け、作品におけるスタイルの一貫性を避けることにより、田尾は自身の作品を通 じて、芸術作品とその原作者との関係性における問いを喚起する。